想いのあとさき
SMAPファンってどんな人たち?どんな感じ?
メディアで切り取られて発信されるファンの声や映像に違和感を持ったことってありませんか?ネットで「スマファン怖い~」「必死~w」って見かけたことは?
私たちって…
このページから見えるファンもほんの一握り、ほんの一面…かもしれませんが、このプロジェクトを通じてお伝えできるSMAPファンの想いを集めてみました。
支援者の想い、そして自分の日々の暮らしの中でSMAPを支えに今日まできたファンの想いを投稿していただきました。読んでいただいて、共感したり、自分の中のSMAPを改めて振り返ってみたり…しませんか?
※随時更新中!
寄せられた応援メッセージをご紹介
プロジェクトを支援していただいた方たちのメッセージのご紹介。
私たち有志が受け取った同じファンとしてのお気持ちの数々。勇気づけられました。手前味噌になりがちですが💦コメントの中から幾つかを抜粋させていただきました。
いつの時も
プロジェクトからは少し離れて…様々な年齢・境遇の私たち。意見や立場の違いは当たり前。なのに同じ想いがあるって素敵です。SMAPファンの投稿をご紹介します。
PICK UP
上の「いつの時も」へ寄せていただいた投稿の中から、不定期ですがご紹介させてください。お名前は全てペンネームにさせていただきます。
オーストラリア、メルボルンから
Masakoroo さん
1995年に私の住むオーストラリア、メルボルンに日本から幼馴染が遊びに来た。その時に、「この子達、面白いよ」と言って、お土産として持ってきてくれたのが「SMAPのがんばりましょう」を何本もまとめて録画してあったビデオ。既にオーストラリアに住んで数年たっていた私には、久しぶりに観る所謂アイドルのバラエティー番組だった。
楽しそうに、わちゃわちゃとパジャマ姿でトークをしたり、コントをやったりするかと思えば、カッコよく歌を歌ったりする姿が、私が日本で覚えていたアイドルの姿とは全く違っていた。新鮮であっという間にファンになってしまった。
翌年には、SMAPXSMAPがスタート、毎週日本に住む母に録画を頼み、ビデオを数本まとめて、オーストラリアまで送って貰った。最初は面倒がっていた母だが、いつしか日本に帰国すると、新聞のテレビ欄にメンバーの出る番組に赤ペンで丸をつけ、それが毎朝の日課になるまでになっていた。
「SMAPXSMAP」はもちろん、「笑っていいとも」、歌番組、各メンバーのドラマ、母は毎日の様にテレビに出る彼らの姿を一生懸命ビデオ録画して送ってくれた。
2000年に父が亡くなった。母は、飼っていた猫と一緒だったが一人暮らしになった。暫くは、寂しくしているだろうと心配で毎日電話をかけた。意外にも母は、「今日はいいともが、慎吾君なのよ」「明日は草彅君だから出かけられない」「今日も中居君は元気だったわ」と、楽しそうに話してくれた。あの時、SMAPが存在していてくれたお蔭で、海外在住の親不孝な娘は、本当に救われたのだ。飼っていた猫も15歳の長寿を全うし、母の腕の中で亡くなった。母は本当に一人になってしまったが、相変わらずSMAPの番組を楽しそうに観ていた。
母が78歳の時、幸運にもSMAPのコンサートを一緒に観る事が出来た。足が痛いし、頭がフラフラするし、人が沢山いるところなんてと不安がっていた母が、コンサートが始まると慎吾君のウチワを持って立ちっぱなしで、ステージを見つめていたのには、びっくりした。「笑っていいとも」が終わってしまった時には、寂しくなるとがっくり肩を落としていた母が、本当に可哀想だった。
そんな母も、80歳を過ぎ、徐々に一人暮らしが難しくなり、高齢者住宅に入居することになった。85歳になった今は、認知症も発症している。
看護師さんによると、母は、他の事はおぼつかないが、今も入所者の皆さんと一緒に「世界に一つだけの花」を嬉しそうに大きな声で歌うそうである。
「この曲が一番好きですか?」と聞いたら、「私は、ダイナマイトが好き!」とはっきり答え、看護師さんもびっくりしたそうだ。
SMAPに出会って、24年以上が経つ。私が海外在住でもずーっとファンで居られたのは、母の存在がとても大きい。私自身も、彼らの楽曲や、母の送ってくれるビデオを観て楽しみ、時には大きく力づけられた。けれど父亡き後、一人になった高齢の母の大きな心と生活の支えになってくれた事、そのことこそ、もし機会があるのなら「本当にありがとう」と彼らに伝えたい事である。
2016年、既に認知症を発症していた母が、あの出来事をきちんと理解していたとは言いがたい。でも、逆に母にはそれで良かったのかもしれない。あんな悲しそうで辛そうな5人の姿、母が理解しなくて良かったのかも。
母にとっては、テレビで毎日会える、いつも元気で、明るく、楽しそうにしているSMAPが心に残っていればそれでいいと思う。
そして近い将来、まだ母が元気なうちに、彼ら5人一緒の元気な姿が見られますように。